「托鉢僧侶たちよ、完璧に説明されていない教えや戒律においては、無精な人が幸せな生活を送っています。 どうしてでしょうか。 なぜなら教えが完璧に説明されていないからです。」 327 「托鉢僧侶たちよ、完璧に説明されている教えや戒律においては、活力のある人が幸せな生活を送っています。 どうしてでしょうか。 なぜなら教えが完璧に説明されているからです。」 328 「托鉢僧侶たちよ、ちょうど、糞がほんの少しであっても臭いように、 それと同じで、私は指をパチンとならすほどのほんの短い間でも繰り返して存在する事は良いとは思いません。」 329–332 「托鉢僧侶たちよ、ちょうど、尿、つば、膿または血液がほんの少しであっても臭いように、 それと同じで、私は指をパチンとならすほどのほんの短い間でも繰り返して存在する事は良いとは思いません。」 第二十七 一つのもの(第四)(一法品) 333 「托鉢僧侶たちよ、ちょうど、インドでは快適な公園、森林、草原や蓮の池は少ないが、 起伏の多い地帯、近づけない河川地帯、切り株やとげのある植物が多い地帯や険しい山々は多い。 同じ様に、地上に生まれてくる生けるものは少ないが、水中に生まれてくる生けるものは多いのです。 334 … 同じ様に、人間として生まれ変わる生けるものは少ないが、 人間として生まれ変わらない生けるものは多いのです。 335