「托鉢僧侶たちよ、これら二つの力があります。 どの二つですか。 省察する力と発達させる力です。 托鉢僧侶たちよ、省察する力とはどんなものですか。 ある人がこう省察します。 『体、言葉又は心による悪い行為は現在の人生と未来の人生で悪くてつらい結果をもたらす』と。 こう省察して、その人は体、言葉そして心による悪い行為をやめて、体、言葉そして心による良い行為を進んでし、自分自身を潔白に保ちます。 これが省察する力と呼ばれます。 托鉢僧侶たちよ、発達させる力とはどんなものですか。 托鉢僧侶が、五感の快楽からかなり遠ざかり、技量がないと言われる性質から遠ざかって、物事から離れた事から生まれた悦びと至福を伴い、心を置いて繋げておくという第一のジャーナ瞑想に入り、その瞑想状態のままでいます。 心を置いて繋げておく事が和らいだら、自分の内側が澄んだ状態で心が一つにまとまり、心を置いて繋げておく事はなくなり、深い瞑想から生まれた悦びと至福を伴った第二のジャーナ瞑想に入り、その瞑想状態のままでいます。 悦びが消えて失くなると、落ち着きと心に留めている事と気付いている事から成り立っていて、聖なる人が『落ち着いていて心に留めている事から来る至福の瞑想』と宣言する至福を自覚する第三のジャーナ瞑想に入り、その瞑想状態のままでいます。 快い楽しさと痛い苦しみを捨て去ることで、幸せと悲しみはすでになくなっているので、快い楽しさと痛い苦しみもなく、落ち着きと心に留めている事にけがれがない第四のジャーナ瞑想に入り、その瞑想状態のままでいます。 これが発達させる力と呼ばれます。 これらが二つの力です。」 14 「托鉢僧侶たちよ、これら二つの教えを教える方法があります。 どの二つですか。 要約して説く方法と詳細に説明する方法です。 これらが教えを教える二つの方法です。 」 15